キム・ミョンス
塩辛の熟成職人 · キム・ミョンス塩辛 — 1961年継承4代・慶州甘浦
甘浦沖のカタクチイワシを塩だけに委ね、3年を待ちます
- 1961年継承
- 4代の家業
- 3年以上熟成
- 年600トン
どんな人か
キム・ミョンス塩辛は、慶州甘浦で四代続く塩辛の家です。曽祖父のキム・ギョンヨンが日本統治期に「フリ」というカタクチイワシ漁法を学び、光復後に塩辛工場を引き継いだことで家業が始まりました。キム・ミョンスは1961年にその仕事を受け継ぎました。
甘浦沖は暖流と寒流が出会い、古くからカタクチイワシがよく獲れる場所です。彼はここで獲れた大羽イワシだけを選び、塩以外は入れずに3年以上熟成させます。川北工場の地下に埋めた50トン級の熟成槽20基あまりから、毎年600トンほどの魚醤が生まれます。2021年には息子のキム・ホンモクが大韓民国水産食品名人 第10号に指定され、この方法が国の資格として受け継がれました。
- 所属
- キム・ミョンス塩辛・慶尚北道 慶州市 甘浦邑
- 来歴
- キム・ギョンヨン(曽祖父) → キム・ミョンス(1961年継承) → キム・ホンモク
- 名人
- 大韓民国水産食品名人 第10号 キム・ホンモク(2021.12.29指定・カタクチイワシ魚醤)
- 設備
- 地下埋設50トン級熟成槽 20基あまり・年600トン
何をしながら ここまで来たのか
- 日本統治期
「フリ」漁法を学ぶ
曽祖父キム・ギョンヨンが、カタクチイワシをフリで獲る方法を身につけました。これが4代へ続く出発点です。
- 光復後
塩辛工場を引き継ぐ
日本人が残していった塩辛工場を引き継ぎ、家業が始まりました。
- 1961
キム・ミョンスが継ぐ
曽祖父が世を去った年に家業を受け継ぎ、甘浦でカタクチイワシの魚醤をつくり始めました。
- 1996
息子に技術を伝授
息子のキム・ホンモクが22歳でカタクチイワシ魚醤の製造技術を受け継ぎました。のちに川北工場を増設して運営します。
- 2020
海洋水産新知識人大賞
「塩辛の名人」に選ばれ、甘浦のカタクチイワシ魚醤の方法が広く知られました。
- 2021
水産食品名人 第10号
12月29日、息子のキム・ホンモクがカタクチイワシ魚醤で大韓民国水産食品名人 第10号に指定されました。
何を守ろうと しているのか
3年を待つ
たんぱく質がアミノ酸へ十分に変わるまでにかかる時間を短縮しません。3年以上の熟成が原則です。
塩以外は入れない
朝鮮時代から続く塩蔵の方法のまま、塩だけでカタクチイワシを発酵させます。うま味を足す添加物は使いません。
勘で始め、数字で守る
「勘がなければカタクチイワシの商売はできない」と言いながらも、一度の廃棄事故のあとは塩分濃度を測って管理しています。
甘浦の海だけを使う
暖流と寒流が交わる甘浦沖で獲れた大羽イワシを自ら選別します。原料を変えれば味が変わります。
“勘がなければカタクチイワシの商売はできない。”
確かめられる 成果
製品
- カタクチイワシ魚醤 — 塩分濃度10(減塩)・14の2種
- 濃厚ポクポギ魚醤
- セウジョッ・丸ごと
- ギフトセット
設備・規模
- 川北の熟成工場(慶尚北道) — 地下埋設50トン級熟成槽 20基あまり
- 年600トンの魚醤を生産
- 甘浦の本店・百貨店のプレミアム売場で展開
この製品で 担う役割
「味・健康・伝統・熟成」の四つの軸のうち、この人が担当する位置です。
原料の調達と選別
原料は100% 韓国産のみを使います。東海・西南海の産地網を通じて旬の韓国産原料を確保し、塩辛用の等級を選別します。
減塩熟成の技術
減塩の領域で腐敗なくうま味を引き上げる塩分濃度の測定と、低温長期熟成。竹塩の配合を実際の熟成工程に据える役割です。
うま味の基準値
3年熟成の魚醤のうま味をリファレンスとして、減塩レシピが到達すべき官能の基準線を提供します。
生産・品質管理
熟成槽と生産設備で試作品から量産までを担当し、ロットごとの塩分濃度・官能の管理を行います。
* 詳細な参加範囲は協議中で、確定次第更新します
他の三人
四人をすべて見る参考資料
公開資料を取材して整理しました。事実と異なる点は、お問い合わせページからお知らせいただければ訂正します。